ウサイン・ボルトが、100メートルに続いて、200メートルで19秒30という世界記録を出して、金メダルを獲得しました。こんなことはあることじゃないんです。今まで、同一のオリンピック大会で、2冠を制した人は、8人。ウサイン・ボルトで9人目なんですが、「100メートルと200メートルを世界記録で勝った」という人はボルトが初めてなんです。しかも、このボルトは、10代のジュニアの頃から世界選手権を制するほど、200メートルが得意で、100メートルは走ったことがありませんでした。5月になって、9秒72という世界記録を達成して一躍脚光を浴びたんですが、ウサイン・ボルトのコーチは、「お前は200メートルの選手なんだから、今度の北京オリンピックも200メートルひとつで勝負をしよう」と彼に伝えたそうです。ウサイン・ボルトはそのコーチが大好きで、彼の指導に逆らったことは一度もないんですが、遂にオリンピックの前にウサイン・ボルトはコーチに言いました。「僕は、2冠を狙っている。だから、どうしても100も走りたいんだ!」ということで、100、200の世界記録2冠が達成されたんです。
彼の身長は、当初、193センチと伝えられていたんですが、ここに来て196センチとも197センチともいわれていて、彼の身長は、目の前でメジャーで測ってみないと、何センチあるのかはっきり分かりません。ただ、200メートルの直線で走っている姿を見ると、他のアメリカの選手などは子供に見えるぐらい、大きさが違うんです。それでいながら、スタートが良くて、ピッチがあって、ストライドが伸びるという走り方。解説者の一部は、「残り50メートルで、左側の電光掲示板の記録を見るような余裕があった」と言っていた方もいらっしゃるようですが、実際、200メートルの後半を走っていて、多少体がブレてきて、電光掲示板の数字が見えるかどうか、見えるとしたら、本当に体もブレていないということになります。今まで、ベン・ジョンソンやクリフォードなどジャマイカの選手たちが、アメリカやイギリスやカナダに渡って、そこのコーチについて、トレーニングを積んで、世界に名を成してきたんです。彼の素晴らしいところは、「僕は、ジャマイカという国が好きで、ジャマイカを離れられない」と言って、ジャマイカで修行をした人なんです。ジャマイカという国は、ひとり当たりの国民所得が年間で33万円くらいという大変貧しい国です。ボーキサイトとコーヒー、砂糖が産業で、子供たちは、貧しい中で運動用具を求めることが難しく、出来るのが、球を蹴るサッカーとかけっこだというんです。ブルーマウンテンという二千数百メートルの山があるんですが、その山を中心にして、野山に起伏があるので、子供たちは、その山道を走りながら体を鍛えて、短距離で早い選手が生まれてくるということです。これから、強い選手たちが、ジャマイカに留学するという逆現象も出てくるんじゃないかと思います。
彼は、勝った後、「なんで、勝った後、電光掲示板をずっと見ていたの?」という記者の質問に、「いやあ、俺って、走っている姿、カッコイイなって思う!」と言ったそうです。それから、「朝食はなにを食べたの?」「うん。ナゲット」こう言ったそうです。
これからゆっくりと休養を取って、さらに記録を目指したいということなんですが、100、200の制覇は、ロサンゼルスオリンピックのカール・ルイス以来、24年ぶり。カール・ルイスがどんなにきつかったかということを考えると、彼も、あんな風にひょうきんなおどけた態度をしていますが、きつかったのではないかなと思います。そして、マイケル・ジョンソンの19秒32という記録は、1996年のアトランタオリンピックで出したものですから、12年ぶりの記録更新です。この記録は、100年は破られないんじゃないかと言われたものスゴイ記録なんです。それを達成したウサイン・ボルトは、今日が22歳の誕生日です。心から彼の誕生日を祝福してあげたいと思います。
参考資料:日刊スポーツ:ジャマイカ首相、ボルト記念日を検討
2008年8月21日
「ウサイン・ボルト世界記録で2冠達成!」
この記事へのコメント
羨ましい!
歴史的瞬間に立ち会われて羨ましいです。
現在、TVのない生活をしているため、オリンピック全般があまり見られていないのですが、ネットのオリンピック関連記事で秀逸だと思って拝見しています。
では、失礼します。
現在、TVのない生活をしているため、オリンピック全般があまり見られていないのですが、ネットのオリンピック関連記事で秀逸だと思って拝見しています。
では、失礼します。
曲 E-mail 2008-08-21 14:00:34
2008年8月20日
「伝統守った!男子レスリング」
昨日は男子レスリング陣が大健闘しました。フリースタイル55キロ級で松永共広選手が銀メダル、60キロ級の湯元健一選手が銅メダルを獲りました。二人ともオリンピックは初出場です。
松永さんは静岡県焼津市出身で、28歳。湯元さんは和歌山県和歌山市出身で23歳。レスリングは戦後、ず〜っとメダルを獲得していて、日本のお家芸と言われていて、ヘルシンキ大会(1952年)で石井庄八さん(バンタム級=当時)が金メダルを獲ってからソウル(88年)まで20個の金メダルがあるんです。それ以来、金メダルは途絶えていますので、何とか「金」をいうのが悲願になっていました。そういう意味でいうと、松永選手は惜しかったです。あと一歩、及びませんでした。表彰台でも、あまりうれしそうではありませんでした。松永選手は「メダルを獲れたのはうれしいことはうれしいんですけど、自分の目標である世界チャンピオンになれなかったので、その点にかんしては悔しいです」と言っています。少年時代からレスリング界の怪物と言われていて、ジュニア大会の少年選手権で5連覇、中学選手権でも3連覇して、その後の活躍からもいつメダル(五輪)を獲っても不思議ないと言われていました。今回は準々決勝(マンスロフ=05年世界選手権王者)、準決勝(クドゥホフ=07年世界王者)で強い選手と当たって、これを撃破しました。かなり力を使っての決勝だったと思います。お父さんはお坊さんで、初めはレスリングに反対していたそうです。今回、ご両親が北京に来て応援していました。松永選手は「来てくれました」といっていましたが、実は松永選手が70万円を負担して呼んでいたんです。
60キロ級の湯元選手はライブでの中継がなかったので、地元の方に勝ち上がっていく結果がすぐには伝わっていなかったようです。えっ!うそーという感じだったようです。銅メダルがかかった試合(3位決定戦)の相手は世界選手権3位の選手だったので、その選手に勝ったというのは世界のトップレベルの仲間入りをしたと言っていいと思います。「(準決勝で)負けた時はすごく落ち込んだんですけど、とりあえずメダルを獲ろうと。勝てた時はうれしかったですね」と言っております。勝ったときは、本当にうれしそうでした。湯元さんは双子で弟の信一さんもレスリングをやっています。その弟さんも北京に来ていてサポートしていたそうで、健一さんは「それが心の支えになりました」と言っています。銅メダルを獲った時、その弟・信一さんがが「よし!これでオレも世界に通用することが分かった」と言ったそうです。面白いですね。二人でロンドンで金メダルを目指すそうです。
レスリングは日本ではお家芸と言われていますが、オリンピックの時は騒がれるんですけど普段はどちらかというと地味なスポーツです。野球やサッカーなどに比べると、取っ掛かりが難しいです。今回も女子にはスポットが当たりましたが、男子には報道の扱いの格差が大きかったです。スタンドには女子のメダリストたちが勢ぞろいして、選手団キャプテンの柔道の鈴木桂治選手たちも陣取って声援を送っていました。20年ぶりの金は獲れなかったですが、立派な銀、銅メダルだったと思います。1929年に早稲田大学の柔道部がアメリカに渡ってワシントン大学でレスリングを見て、これはすごい!とメンバーだった八田一郎さんが日本のレスリングを育て上げた。レスリングの父です。ヘルシンキからずっとメダルを獲り続けて来ていて、一度もメダルを失った(ゼロ)ことがないものですから、口ではなかったと言ってもプレッシャーは相当なものだったと思います。アテネのときには6人の選手が行ったんですけど、今回のフリースタイルは階級が絞られて3人だけでした。予選がなかなか突破できなかった苦しい中でのメダルです。これで14大会連続メダルにつながりました。きっと、死に物狂いの努力があったでしょう。拍手を贈って称えたいと思います。外国の選手は銅メダルでもものすごい喜びようです。それに比べると、日本の選手はかわいそうです。「金」でなくても、もっと喜んでいいんじゃないでしょうか。
参考資料:サンケイスポーツ:松永、惜しくも銀メダル
参考資料:サンケイスポーツ:湯元「双子で銅」勝ち獲った
松永さんは静岡県焼津市出身で、28歳。湯元さんは和歌山県和歌山市出身で23歳。レスリングは戦後、ず〜っとメダルを獲得していて、日本のお家芸と言われていて、ヘルシンキ大会(1952年)で石井庄八さん(バンタム級=当時)が金メダルを獲ってからソウル(88年)まで20個の金メダルがあるんです。それ以来、金メダルは途絶えていますので、何とか「金」をいうのが悲願になっていました。そういう意味でいうと、松永選手は惜しかったです。あと一歩、及びませんでした。表彰台でも、あまりうれしそうではありませんでした。松永選手は「メダルを獲れたのはうれしいことはうれしいんですけど、自分の目標である世界チャンピオンになれなかったので、その点にかんしては悔しいです」と言っています。少年時代からレスリング界の怪物と言われていて、ジュニア大会の少年選手権で5連覇、中学選手権でも3連覇して、その後の活躍からもいつメダル(五輪)を獲っても不思議ないと言われていました。今回は準々決勝(マンスロフ=05年世界選手権王者)、準決勝(クドゥホフ=07年世界王者)で強い選手と当たって、これを撃破しました。かなり力を使っての決勝だったと思います。お父さんはお坊さんで、初めはレスリングに反対していたそうです。今回、ご両親が北京に来て応援していました。松永選手は「来てくれました」といっていましたが、実は松永選手が70万円を負担して呼んでいたんです。
60キロ級の湯元選手はライブでの中継がなかったので、地元の方に勝ち上がっていく結果がすぐには伝わっていなかったようです。えっ!うそーという感じだったようです。銅メダルがかかった試合(3位決定戦)の相手は世界選手権3位の選手だったので、その選手に勝ったというのは世界のトップレベルの仲間入りをしたと言っていいと思います。「(準決勝で)負けた時はすごく落ち込んだんですけど、とりあえずメダルを獲ろうと。勝てた時はうれしかったですね」と言っております。勝ったときは、本当にうれしそうでした。湯元さんは双子で弟の信一さんもレスリングをやっています。その弟さんも北京に来ていてサポートしていたそうで、健一さんは「それが心の支えになりました」と言っています。銅メダルを獲った時、その弟・信一さんがが「よし!これでオレも世界に通用することが分かった」と言ったそうです。面白いですね。二人でロンドンで金メダルを目指すそうです。
レスリングは日本ではお家芸と言われていますが、オリンピックの時は騒がれるんですけど普段はどちらかというと地味なスポーツです。野球やサッカーなどに比べると、取っ掛かりが難しいです。今回も女子にはスポットが当たりましたが、男子には報道の扱いの格差が大きかったです。スタンドには女子のメダリストたちが勢ぞろいして、選手団キャプテンの柔道の鈴木桂治選手たちも陣取って声援を送っていました。20年ぶりの金は獲れなかったですが、立派な銀、銅メダルだったと思います。1929年に早稲田大学の柔道部がアメリカに渡ってワシントン大学でレスリングを見て、これはすごい!とメンバーだった八田一郎さんが日本のレスリングを育て上げた。レスリングの父です。ヘルシンキからずっとメダルを獲り続けて来ていて、一度もメダルを失った(ゼロ)ことがないものですから、口ではなかったと言ってもプレッシャーは相当なものだったと思います。アテネのときには6人の選手が行ったんですけど、今回のフリースタイルは階級が絞られて3人だけでした。予選がなかなか突破できなかった苦しい中でのメダルです。これで14大会連続メダルにつながりました。きっと、死に物狂いの努力があったでしょう。拍手を贈って称えたいと思います。外国の選手は銅メダルでもものすごい喜びようです。それに比べると、日本の選手はかわいそうです。「金」でなくても、もっと喜んでいいんじゃないでしょうか。
参考資料:サンケイスポーツ:松永、惜しくも銀メダル
参考資料:サンケイスポーツ:湯元「双子で銅」勝ち獲った
この記事へのコメント
もっと 褒め讃えましょうよ♪
小倉さん 連日お疲れ様です。
出場選手 それぞれの コメントが とても印象的。
また 支えているご家族や周囲の方々の 一喜一憂が
テレビ前の 私たちに より一層の感動を 与えてくれます。
勝つか、負けるか。
明暗の一瞬 一瞬。
懸命にやってきたからこそ 喜べないのかもしれませんね。
悔しさと 至らなさばかりが 頭を駆け巡るのかもしれませんね。
そんな生真面目な日本人気質が まだ残っているという事なのでしょうか。
選手皆さんの偉業を 私たち観戦者が もっと 讃えるべきなのでしょう。
参加することそのものが まずは 私たちにとっての 憧れなのですから。
お洒落な小倉さんのシャツが 二回目のローテーションに 入っているのでしょうか?
そちらも 大変そうですね。
出場選手 それぞれの コメントが とても印象的。
また 支えているご家族や周囲の方々の 一喜一憂が
テレビ前の 私たちに より一層の感動を 与えてくれます。
勝つか、負けるか。
明暗の一瞬 一瞬。
懸命にやってきたからこそ 喜べないのかもしれませんね。
悔しさと 至らなさばかりが 頭を駆け巡るのかもしれませんね。
そんな生真面目な日本人気質が まだ残っているという事なのでしょうか。
選手皆さんの偉業を 私たち観戦者が もっと 讃えるべきなのでしょう。
参加することそのものが まずは 私たちにとっての 憧れなのですから。
お洒落な小倉さんのシャツが 二回目のローテーションに 入っているのでしょうか?
そちらも 大変そうですね。
hisako E-mail 2008-08-20 23:29:07
「金」でなくても
我が家では主人と二人の息子が柔道をやっていたので、私は、オリンピックの先陣を切る柔道をステレオタイプの解説付きで観戦するうちに、柔道の面白さがようやくわかってきました。
柔道の選手たちは本当にガンバりました。日本発祥のスポーツがここまで世界中に広まったことは、素晴らしいことですね。
それだけに、柔道の選手たちが抱えるものは他の競技とは比べられない程大きいようです。日本柔道の伝統・一本を取る本来の柔道・・・という言葉で表わされるように、柔道というものを創始者の理念から外れることなく世界に広めたいという強い思いと誇りがあるのだと思います。が、それが選手たちを必要以上に縛っているのでしょうね。
そして近年、国際化の波は容赦なく、日本の柔道に対する姿勢を煙ったく思う国も多く、発言権さえも弱まっていることは、とても残念です。
それでも、フランスなどヨーロッパの国々の中には柔道着の厚さなどにもっと規制を設けて本来の技を競う柔道を重んじる国も多くなっていると聞きます。柔道は決して、反日本の方向に向いているわけではないと思います。
井上選手のように引退後海外に留学して国際的に柔道の指導者を目指す人や、石井選手のように一本にこだわらず勝ちに行く柔道をする選手が出てきたことで、伝統を守りながらも世界に通用する柔道へと向かって欲しいと思います。
それでも、観ている私たちは、谷本選手のようにすべて一本勝ちで優勝してくれると、これぞ日本の柔道!と賞賛してしまいますけど。
どちらにしても、メダルの手の届いた選手たちには、もっと心から喜んでほしい、これまで積み重ねた月日に誇りをもって、胸を張って欲しい・・・と思います。
柔道の選手たちは本当にガンバりました。日本発祥のスポーツがここまで世界中に広まったことは、素晴らしいことですね。
それだけに、柔道の選手たちが抱えるものは他の競技とは比べられない程大きいようです。日本柔道の伝統・一本を取る本来の柔道・・・という言葉で表わされるように、柔道というものを創始者の理念から外れることなく世界に広めたいという強い思いと誇りがあるのだと思います。が、それが選手たちを必要以上に縛っているのでしょうね。
そして近年、国際化の波は容赦なく、日本の柔道に対する姿勢を煙ったく思う国も多く、発言権さえも弱まっていることは、とても残念です。
それでも、フランスなどヨーロッパの国々の中には柔道着の厚さなどにもっと規制を設けて本来の技を競う柔道を重んじる国も多くなっていると聞きます。柔道は決して、反日本の方向に向いているわけではないと思います。
井上選手のように引退後海外に留学して国際的に柔道の指導者を目指す人や、石井選手のように一本にこだわらず勝ちに行く柔道をする選手が出てきたことで、伝統を守りながらも世界に通用する柔道へと向かって欲しいと思います。
それでも、観ている私たちは、谷本選手のようにすべて一本勝ちで優勝してくれると、これぞ日本の柔道!と賞賛してしまいますけど。
どちらにしても、メダルの手の届いた選手たちには、もっと心から喜んでほしい、これまで積み重ねた月日に誇りをもって、胸を張って欲しい・・・と思います。
對馬久美子 E-mail 2008-08-20 21:59:20
2008年8月19日
「北京五輪騒然、劉翔の“怪”」
北京のオリンピックスタジオからです。昨日、中国の国内に衝撃が走りました。内外の記者団にも衝撃が走りました。ミックスゾーン(記者が声をかけて取材できる場所)も騒然となりました。中国国民13億人を落胆させてしまった大きなニュースでした。
陸上競技男子110m障害の予選に出場してきた劉翔(リュウショウ)選手。ご存知のように劉翔選手はアテネ五輪でアジア人として初めて110mハードルに優勝しました。その劉翔が、スタート直後に、実際には走らないで棄権をしてしまうんです。1回フライイングがありました。その時、止まったとたんに痛みをこらえるような顔をして、太ももに貼ってあったゼッケンを剥いで、棄権の意思表示をして消えて行ってしまったんです。
これには9万人入っていた満員のスタンドが騒然となりました。とにかく、この北京オリンピックは劉翔のためにあるとまで言われていたんです。アテネ五輪で勝ったあとには12秒88という世界記録も達成しました。最近になってキューバのダイロン・ロブレスという選手が6月に12秒87という世界記録を生んだものですから、劉翔はダイロン・ロブレスに勝てるかどうかの話題で持ちきりだった。ですから、このスタジアムに入るためのチケットは、10万円とか数十万円とかいう値段になりました。短距離を含めてアジアの人が勝ったことのない競技、しかも110mハードルは一番アジア人には向かない競技なんですね。体型的にもそうです。ハードルというのは、跳ぶんじゃあなくて、3歩の間隔で行って跨いで行かないといけない。その110mハードルにアジア人が勝ったというので、英雄になりました。聖火の最終ランナーも劉翔になるんではないかと言われたんです。
劉翔は、元々、足の故障を持っていたんですが、ダイロン・ロブレスというキューバの選手が出てきたら勝てないから彼は走るのをやめたんじゃないかという噂が立つほどだったんです。大手のポータルサイトには4万件の書き込みが殺到して、その中には「這ってでもゴールまで行くべきだった」「110mがそんなに遠いのか」「だまされた、広告に彼が出た商品は絶対、買わない」「ツラ汚し」「この脱走兵め」とか「意気地なし」「13億人を傷つけた新記録だ」とか、本当にひどい書き込みが殺到しました。確かに彼はコマーシャルに出て、これまで10億円余り、今年の契約金は10億円余りだと言われていて、中国の中でも大金持ち、国民の英雄となっていたんですね。ただ、そういう書き込みに対して「異常な社会だ、非常に多くの国民が責任と義務を他人に押し付けようとし、その人が成功すれば天まで持ち上げる、そのかわり、失敗すれば地獄に落とす」というような書き込みもなされるなど、本当に劉翔のニュースで昨日は1日中、中国では持ちきりでした。
孫コーチが「こんな結果になって大変申し訳ない。心から謝りたい。彼はずっと頑張ってきた。何の方法も役に立たなかった。最後は、立ち上がろうとして倒れた」と言っております。その原因はアキレス腱のケガと言われていますけど、実際には踵(かかと)の骨の異常だというふうに伝えられています。孫コーチは「今日の試合前にも3人の医師に診てもらったが、その時も彼は痛がって全身を震わせていた」と言っております。「1回走る度に激痛に耐える姿をずっと見てきた。彼の痛がる様子は皆さんには想像できない」とも言っています。
それだったら、なんでスタートに立たせたのか?この辺が私には分からないんですね。あの野口みずき選手のように、事前に記者会見をしてきちっと内容を発表して、申し訳ない、出場できなくなったと説明して、劉翔に対しても事前にやめさせればよかったと思うんですが…。あまりの人気に、スタート地点に行って顔を見せなければ中国国民が納得しないということでスターティングブロックに足を入れさせたんだと思います。劉翔が姿を見せたときの9万人スタジアムの大歓声は、想像もつかない大音響になりました。そうまでして国民を喜ばせておいて、スタートしないで棄権したという状況です。これを皆さんは、どういうふうにお考えになりますか?
そんな状態でスタート地点に立った劉翔に、僕の気持ちでは「気の毒」だと思います。
五輪情報:スポーツニッポン:中国の英雄・劉翔 走ったのは3歩だけ…
アクア水素「−600mV」(マイナス600ミリボルト)情報
陸上競技男子110m障害の予選に出場してきた劉翔(リュウショウ)選手。ご存知のように劉翔選手はアテネ五輪でアジア人として初めて110mハードルに優勝しました。その劉翔が、スタート直後に、実際には走らないで棄権をしてしまうんです。1回フライイングがありました。その時、止まったとたんに痛みをこらえるような顔をして、太ももに貼ってあったゼッケンを剥いで、棄権の意思表示をして消えて行ってしまったんです。
これには9万人入っていた満員のスタンドが騒然となりました。とにかく、この北京オリンピックは劉翔のためにあるとまで言われていたんです。アテネ五輪で勝ったあとには12秒88という世界記録も達成しました。最近になってキューバのダイロン・ロブレスという選手が6月に12秒87という世界記録を生んだものですから、劉翔はダイロン・ロブレスに勝てるかどうかの話題で持ちきりだった。ですから、このスタジアムに入るためのチケットは、10万円とか数十万円とかいう値段になりました。短距離を含めてアジアの人が勝ったことのない競技、しかも110mハードルは一番アジア人には向かない競技なんですね。体型的にもそうです。ハードルというのは、跳ぶんじゃあなくて、3歩の間隔で行って跨いで行かないといけない。その110mハードルにアジア人が勝ったというので、英雄になりました。聖火の最終ランナーも劉翔になるんではないかと言われたんです。
劉翔は、元々、足の故障を持っていたんですが、ダイロン・ロブレスというキューバの選手が出てきたら勝てないから彼は走るのをやめたんじゃないかという噂が立つほどだったんです。大手のポータルサイトには4万件の書き込みが殺到して、その中には「這ってでもゴールまで行くべきだった」「110mがそんなに遠いのか」「だまされた、広告に彼が出た商品は絶対、買わない」「ツラ汚し」「この脱走兵め」とか「意気地なし」「13億人を傷つけた新記録だ」とか、本当にひどい書き込みが殺到しました。確かに彼はコマーシャルに出て、これまで10億円余り、今年の契約金は10億円余りだと言われていて、中国の中でも大金持ち、国民の英雄となっていたんですね。ただ、そういう書き込みに対して「異常な社会だ、非常に多くの国民が責任と義務を他人に押し付けようとし、その人が成功すれば天まで持ち上げる、そのかわり、失敗すれば地獄に落とす」というような書き込みもなされるなど、本当に劉翔のニュースで昨日は1日中、中国では持ちきりでした。
孫コーチが「こんな結果になって大変申し訳ない。心から謝りたい。彼はずっと頑張ってきた。何の方法も役に立たなかった。最後は、立ち上がろうとして倒れた」と言っております。その原因はアキレス腱のケガと言われていますけど、実際には踵(かかと)の骨の異常だというふうに伝えられています。孫コーチは「今日の試合前にも3人の医師に診てもらったが、その時も彼は痛がって全身を震わせていた」と言っております。「1回走る度に激痛に耐える姿をずっと見てきた。彼の痛がる様子は皆さんには想像できない」とも言っています。
それだったら、なんでスタートに立たせたのか?この辺が私には分からないんですね。あの野口みずき選手のように、事前に記者会見をしてきちっと内容を発表して、申し訳ない、出場できなくなったと説明して、劉翔に対しても事前にやめさせればよかったと思うんですが…。あまりの人気に、スタート地点に行って顔を見せなければ中国国民が納得しないということでスターティングブロックに足を入れさせたんだと思います。劉翔が姿を見せたときの9万人スタジアムの大歓声は、想像もつかない大音響になりました。そうまでして国民を喜ばせておいて、スタートしないで棄権したという状況です。これを皆さんは、どういうふうにお考えになりますか?
そんな状態でスタート地点に立った劉翔に、僕の気持ちでは「気の毒」だと思います。
五輪情報:スポーツニッポン:中国の英雄・劉翔 走ったのは3歩だけ…
アクア水素「−600mV」(マイナス600ミリボルト)情報
この記事へのコメント
考えさせられます。
ケガをした場合の出場の是非についてはいろいろな考え方があると思いますが、劉翔選手に対する中国のポータルサイトへの「ひどい書き込み」と同質のものを、日本選手の「応援」サイトなどでも見受けられるように感じます。
たとえば、マラソンの野口さんが棄権を発表した後、某サイトに寄せられたコメントの場合、半分は同情的な内容ですが、半分くらいは中傷的なものです。しかし、そこに投稿される「中傷的なコメント」のほとんどは、少なくとも選手が思い悩んできた内容にくらべてはるかに軽い気持ちで書かれているように思います。選手の多くは本当にギリギリのところで調整しているという点に思いが至らないとすれば残念に思います。
というわけで、今朝の話題は、劉翔選手と中国の問題ではなく、それを鏡とした日本の問題として考えるに値する話題ではないかと感じました。
たとえば、マラソンの野口さんが棄権を発表した後、某サイトに寄せられたコメントの場合、半分は同情的な内容ですが、半分くらいは中傷的なものです。しかし、そこに投稿される「中傷的なコメント」のほとんどは、少なくとも選手が思い悩んできた内容にくらべてはるかに軽い気持ちで書かれているように思います。選手の多くは本当にギリギリのところで調整しているという点に思いが至らないとすれば残念に思います。
というわけで、今朝の話題は、劉翔選手と中国の問題ではなく、それを鏡とした日本の問題として考えるに値する話題ではないかと感じました。
A 2008-08-20 01:51:59
つらいだろうなぁ・・・
確かに衝撃でしたね・・・
今朝、別の番組(NHK)では競技場に出る前、裏にいる時の映像が流れていました。
思うように動かない足を壁に(壁と言っても、マットのようなところ)打ちつけていました。
「動け動け!!」と言っているように見えました・・・
その後しゃがみこんでいました・・・
それから競技場へ出て・・・
フライング・・・
もしあの時フライングでやり直しにならなければ気合で最後まで走れたかも・・・
どんなにくやしかったか・・・
これから治療に専念し、完璧に治してからまた挑戦してもらいたいです。
今朝、別の番組(NHK)では競技場に出る前、裏にいる時の映像が流れていました。
思うように動かない足を壁に(壁と言っても、マットのようなところ)打ちつけていました。
「動け動け!!」と言っているように見えました・・・
その後しゃがみこんでいました・・・
それから競技場へ出て・・・
フライング・・・
もしあの時フライングでやり直しにならなければ気合で最後まで走れたかも・・・
どんなにくやしかったか・・・
これから治療に専念し、完璧に治してからまた挑戦してもらいたいです。
toma 2008-08-19 17:13:16
2008年8月18日
「人類初の9秒6台の瞬間!」
いやあ、私はオリンピックに来て本当に良かったと思いました。もちろん、日本人選手が、金メダル、銀メダル、銅メダルを獲るシーンも嬉しいですよ。ただ、陸上競技をやっていた者にとって、ウサイン・ボルトの9秒69という、人類初めて、9秒7を切った瞬間をゴールの目の前で見たというのが本当に嬉しかったです。しかし、とんでもない男だと思います。身長が、1メートル96センチ。あれだけ身長が高いと、動きがあんなに俊敏にはならないと思うんですが、スタートから抜群の切れ味を見せて、中盤から後半にかけて、ぐんぐんスピードが乗ってくるんです。皆さんご覧になりましたでしょ。なおかつ、ゴール前で右を見て、大丈夫だと思ったら、ぱっと両手を下げて広げて、「もう勝ったよ!」という仕草。さらには、右手で胸をぽぉ〜んと叩いて、「俺はやったぜ!」という表情でゴールして、9秒69ですよ!?最初は、電光掲示板に9秒68という記録が出たんです。これが訂正されて、9秒69だったんですが、まあ、あれがまともに流さないで走っていたら、いきなり9秒5台に突入していたかもわかりません。スタンドのみなさんも、なにがなんだか分からないわけですよ、ゴールした瞬間は。後で、電光掲示板にスロービデオが出た瞬間に、彼が胸を叩くシーンなどを見て、「ウォーッ!?」とどよめきました。「あいつ、あんなことまでしていたんだ!?」という驚きだったと思います。記者会見では、記録的なことに質問が集中しました。それに対して、彼は「記録は気にしていないけど、世界一になるために来て、それを達成できてうれしい。記録よりも勝利を確信できてハッピーだったんだ!!」と答えています。ウサイン・ボルトという人は、もともと200メートルの選手で、今年の5月に、「おい、ちょっと100メートルやってみろよ!」と言われて、走ったら、とんでもない記録が出ちゃった!3ヶ月の間に3回記録を書き換えて、9秒72で北京に臨みました。本気で走ったら9秒5は行くかもわかりませんね。今日から、本業の200メートルが始まります。彼がどんなレースを見せるのか。勝ったら、ロサンゼルスのカール・ルイス以来の2冠制覇ということになります。
女子レスリングは全階級でのメダル獲得となりました。姉の伊調千春選手が銀メダル、妹の伊調馨選手は金メダル。姉妹の絆の強さというのは見ていて羨ましいと思いました。吉田沙保里選手が圧倒的な強さで金メダル。ロンドンでの3連覇を目指すそうです。浜口京子選手は銅メダルを獲得しました。アテネと同じ人が同じ色のメダルを獲得ということになりますが、並大抵じゃないです。2度目の方が難しいと思います。獲って当然だと思われますし、様々なコンディション調整もありますし、周りが研究し尽くして来ますし、2回目の方が本当に大変だったと思います。そして、男子ケイリンで、永井清史選手が、日本に悲願の銅メダルをもたらしてくれました。
水泳では、女子200メートル背泳ぎでアテネの銅メダリスト、中村礼子選手が銅メダルを獲得。男子400メートルメドレーリレーも銅メダルを獲得しました。北島康介選手は、今後について、「続けるとなると、やはり次のオリンピックということになると思うので、それに耐えられるものを持っていなければいけないと思うし、そう簡単に答えを出せないんじゃないかと思っているので・・・」と語ってくれました。言うことのひとつひとつの言葉に重みがありますよね。「続けるとなると、次のオリンピックということになる」というあたり、良く分かっているし、どれだけ体を酷使したかは自分じゃないと分からないことですよね。
参考資料:読売新聞:ボルト驚速!世界記録9秒69で圧勝
サンスポ:伊調馨号泣!連覇で金メダル!
スポニチ:圧巻タイム記録!北島「銅」上げ締め
女子レスリングは全階級でのメダル獲得となりました。姉の伊調千春選手が銀メダル、妹の伊調馨選手は金メダル。姉妹の絆の強さというのは見ていて羨ましいと思いました。吉田沙保里選手が圧倒的な強さで金メダル。ロンドンでの3連覇を目指すそうです。浜口京子選手は銅メダルを獲得しました。アテネと同じ人が同じ色のメダルを獲得ということになりますが、並大抵じゃないです。2度目の方が難しいと思います。獲って当然だと思われますし、様々なコンディション調整もありますし、周りが研究し尽くして来ますし、2回目の方が本当に大変だったと思います。そして、男子ケイリンで、永井清史選手が、日本に悲願の銅メダルをもたらしてくれました。
水泳では、女子200メートル背泳ぎでアテネの銅メダリスト、中村礼子選手が銅メダルを獲得。男子400メートルメドレーリレーも銅メダルを獲得しました。北島康介選手は、今後について、「続けるとなると、やはり次のオリンピックということになると思うので、それに耐えられるものを持っていなければいけないと思うし、そう簡単に答えを出せないんじゃないかと思っているので・・・」と語ってくれました。言うことのひとつひとつの言葉に重みがありますよね。「続けるとなると、次のオリンピックということになる」というあたり、良く分かっているし、どれだけ体を酷使したかは自分じゃないと分からないことですよね。
参考資料:読売新聞:ボルト驚速!世界記録9秒69で圧勝
サンスポ:伊調馨号泣!連覇で金メダル!
スポニチ:圧巻タイム記録!北島「銅」上げ締め
この記事へのコメント
ありがとうございました
連日の取材お疲れ様です、大ファンの小倉さんの取材、オリンピックを見る視点が大好きです、本大会は身内が出場しているので今まで以上の思い入れがありました、あまり注目される競技ではなかったので中継もなくて残念でしたが、小倉さんがその競技について注目して頂いていた事がわかり本当に嬉しかったのでついついコメントさせていただきました、結果は銅メダルでしたが、そんな日に限って他の競技でも日本のメダルラッシュで小さな取り上げられ方だったのですが、小倉さんのブログにコメントして頂けたので本当に感謝です、ちなみに競輪です、取材も本当に大変だと思いますが頑張ってくださいね、楽しみにしてます。
TOM E-mail 2008-08-20 00:58:26
せっかくだから武術も見てください
とくダネ拝見してます。豊富な知識を分けていただいているようで、コメントを楽しませていただいてます。21日から、オリンピック体育館(ハンドボール会場)で、公開競技扱いで武術の世界大会が行われますので、ご覧になってはいかがでしょうか?日本女子太極拳はメダル候補です。
各選手、頑張っていてここまでくるのに、苦労をしてきているのだろうと思うと涙が出ます。伊調姉妹の言葉を聞くと、限界までやってきているのがわかります。野口みずき選手が砂をかむ思いでいるのかと思うと、何ともいえません。
今まで頑張ってきた、選手の皆さんの様子をこれからも伝えてください。楽しみにしています。
小倉さんも、体に気をつけて。
各選手、頑張っていてここまでくるのに、苦労をしてきているのだろうと思うと涙が出ます。伊調姉妹の言葉を聞くと、限界までやってきているのがわかります。野口みずき選手が砂をかむ思いでいるのかと思うと、何ともいえません。
今まで頑張ってきた、選手の皆さんの様子をこれからも伝えてください。楽しみにしています。
小倉さんも、体に気をつけて。
いくのまま E-mail 2008-08-18 23:04:22
2008年8月15日
「それぞれの北京オリンピック」
北島康介選手がやりましたよね!スタンドで「康介!康介!」と熱狂しておりましたが、大騒ぎをするのは私だけではなく、周りには各局のキャスター、これまでのオリンピックのゴールドメダリスト、プロゴルファーの上田桃子さんなど、違う畑の人もいて、「あれっ、桃子ちゃん、なんでここにいるの?」なんていう話になりました。
北島選手が表彰式を終わった後、もらった花束をスタンドにぽぉんと投げ入れたんです。その花束を受け取ったのが、かつての平泳ぎのゴールドメダリスト・岩崎恭子さんだったんです。北島選手は、岩崎さんの金メダルを獲ったシーンに憧れて、より一層、水泳の平泳ぎに力が入ったという青年なので、その辺の縁というものを感じました。北島康介選手、見事、2冠2連覇を達成しましたが、本当は、もうひとつの夢があったと思います。それは、世界新記録での金メダルでした。結果的には、自らが持つ世界記録、2分7秒51には、わずか0秒13(およそ20.4センチ!)及びませんでした。しかし、「それだけ余裕を持って決勝に臨めた水泳選手が、今まで日本にいただろうか?」ということを考えると、大偉業だと思います。こんなに安心して水泳を見ていられたというのは、僕は初めての経験でした。中国電子台というテレビ局があって、ここは、CSなども含めて、7チャンネル、常にオリンピックの放送をやっているんですが、その中で、朝から晩までオリンピックのダイジェストを流しているところがあるんです。そこは、中国選手の活躍ばっかりを流しているんです。ところが、その中に、北島康介選手が2冠を獲ったという、200の平泳ぎだけは入っているんです。そして、その見出しも、「アジアの誇り、アジアの代表的スイマーだ」という風に紹介されていますから、中国の人たちも北島選手の存在は認めているし、応援してくれているというのが良く分かります。
日本のスポーツ紙では、北島選手の引退を示唆する記事が載っていますが、水泳というのは、若い人たちがどんどん伸びてきて、記録を出していきます。そいういう意味では、ピークも短いと思うんです。その中で、彼は、シドニーから3回オリンピックに出場して、4冠を獲得しました。これを、ロンドンまでというのは、あまりにも過酷すぎると思います。特に、アテネから北京の間には、彼はどん底も経験して、得意種目の200メートルだって、日本選手権で負けたりしているわけで、そこからようやく這い上がってきたわけです。心も体もぼろぼろになった時期があるわけですし、彼には、「チーム北島」というのがあって、トレーナーがいたり、鍼灸師さんがいたり、みんながある程度、生活を犠牲にしてここまでやってきたわけです。それを、私たちは泳いでもらいたいけれども、彼の人生にとっては、さらにロンドンまでというのはプラスになるとは必ずしも思えないので、引き際ということもあるのかなと思います。表彰式を終わった後に、スタンドに向かって花束をかざしながら、「見てくれましたか?やったでしょ!」という、本当に良い表情をしていて嬉しかったです。スタンドのみなさんも涙ぐんでいました。
体操の個人総合では、内村航平選手の銀メダルは、確かに運もあったと思います。あん馬で失敗して下の方に付けてしまって、その後、後半になるにしたがって、上位のメダルを狙う選手たちがことごとく失敗をして、鉄棒で落下するなどありました。それで、冨田選手も、内村選手のさらに下にいたんですが、ふたりでぐんぐんぐんぐん上がってきて、一時は、楊選手をはさんで、1位と3位に日本人選手という状態もありました。僕は、彼が銀メダルを獲れたのは、その裏に冨田という先輩がいたからだとも思っています。あん馬で失敗した後、正直、「もうダメだ!冨田さんに頑張ってもらわなきゃ」という気持ちがあったようです。ところが、つり輪で冨田選手がものすごい落ち方をして、「あっヤバイ。これは、俺が頑張らなきゃ!」と、かえって奮い立ったようです。先輩と共に歩んで上を目指さなきゃという状況の中で、先輩の存在というのは大きかったんじゃないかと思います。後輩の方が気分的には楽というのもあったでしょうしね。
記者会見で、ある記者から、「メダリストのみなさんは、若い人たちにどういうことを伝えたいですか?」という質問が飛んで、それぞれのメダリストが答えたんです。そうしたら、内村選手だけは、「だって僕はまだ若いんです。その答えはロンドンオリンピックの時にお答えします!」と答えていました。彼の4年後が本当に楽しみです!
鈴木桂治選手の悪夢の敗退。僕も言葉を失いました。日本の主将という重圧の中で迎えたオリンピック。敗者復活戦でも、もう柔道になりませんでした。僕は、結果は負けだったかもしれないけれど、これは、日本の柔道がこれからどうやって行かなければいけないかというひとつの例だと思いますし、鈴木選手がアテネの後、頑張ってきたのをよく知っていたので、褒めてあげたいと思います。やっぱり、負けて彼の柔道人生を、全て否定してはいけないと思います。アテネの強い勝ち方の金メダルも、僕の記憶の中にはしっかりと残っています。まあ、でも、実際に現場で見るというのは、辛いことでもあります。
この週末は、陸上競技なども出てきますし、水泳も残っていますし、僕がメダルを期待している自転車競技もありますので、楽しみは沢山あります。ではまた来週!
参考資料:スポニチ:有終の連続2冠 北島は最強のままプール去る
スポーツ報知:19歳・内村「信じられない」あん馬2回落ちて銀!
日刊スポーツ:鈴木2戦120秒連続1本負け引退へ
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管理人からのお知らせ
いつも、OG's Diaryをご覧頂きまして、有り難うございます。
この週末に過去ログの整理(4月分の削除)を行います。
まだお読みになっていない方は、この機会に是非どうぞ!
尚、オンラインショップでは、小倉智昭が北京取材で愛飲しているアクア水素がご好評頂いております。こちらも是非ご利用下さい。
暑い日が続いております。どうぞお体をご自愛下さい。
北島選手が表彰式を終わった後、もらった花束をスタンドにぽぉんと投げ入れたんです。その花束を受け取ったのが、かつての平泳ぎのゴールドメダリスト・岩崎恭子さんだったんです。北島選手は、岩崎さんの金メダルを獲ったシーンに憧れて、より一層、水泳の平泳ぎに力が入ったという青年なので、その辺の縁というものを感じました。北島康介選手、見事、2冠2連覇を達成しましたが、本当は、もうひとつの夢があったと思います。それは、世界新記録での金メダルでした。結果的には、自らが持つ世界記録、2分7秒51には、わずか0秒13(およそ20.4センチ!)及びませんでした。しかし、「それだけ余裕を持って決勝に臨めた水泳選手が、今まで日本にいただろうか?」ということを考えると、大偉業だと思います。こんなに安心して水泳を見ていられたというのは、僕は初めての経験でした。中国電子台というテレビ局があって、ここは、CSなども含めて、7チャンネル、常にオリンピックの放送をやっているんですが、その中で、朝から晩までオリンピックのダイジェストを流しているところがあるんです。そこは、中国選手の活躍ばっかりを流しているんです。ところが、その中に、北島康介選手が2冠を獲ったという、200の平泳ぎだけは入っているんです。そして、その見出しも、「アジアの誇り、アジアの代表的スイマーだ」という風に紹介されていますから、中国の人たちも北島選手の存在は認めているし、応援してくれているというのが良く分かります。
日本のスポーツ紙では、北島選手の引退を示唆する記事が載っていますが、水泳というのは、若い人たちがどんどん伸びてきて、記録を出していきます。そいういう意味では、ピークも短いと思うんです。その中で、彼は、シドニーから3回オリンピックに出場して、4冠を獲得しました。これを、ロンドンまでというのは、あまりにも過酷すぎると思います。特に、アテネから北京の間には、彼はどん底も経験して、得意種目の200メートルだって、日本選手権で負けたりしているわけで、そこからようやく這い上がってきたわけです。心も体もぼろぼろになった時期があるわけですし、彼には、「チーム北島」というのがあって、トレーナーがいたり、鍼灸師さんがいたり、みんながある程度、生活を犠牲にしてここまでやってきたわけです。それを、私たちは泳いでもらいたいけれども、彼の人生にとっては、さらにロンドンまでというのはプラスになるとは必ずしも思えないので、引き際ということもあるのかなと思います。表彰式を終わった後に、スタンドに向かって花束をかざしながら、「見てくれましたか?やったでしょ!」という、本当に良い表情をしていて嬉しかったです。スタンドのみなさんも涙ぐんでいました。
体操の個人総合では、内村航平選手の銀メダルは、確かに運もあったと思います。あん馬で失敗して下の方に付けてしまって、その後、後半になるにしたがって、上位のメダルを狙う選手たちがことごとく失敗をして、鉄棒で落下するなどありました。それで、冨田選手も、内村選手のさらに下にいたんですが、ふたりでぐんぐんぐんぐん上がってきて、一時は、楊選手をはさんで、1位と3位に日本人選手という状態もありました。僕は、彼が銀メダルを獲れたのは、その裏に冨田という先輩がいたからだとも思っています。あん馬で失敗した後、正直、「もうダメだ!冨田さんに頑張ってもらわなきゃ」という気持ちがあったようです。ところが、つり輪で冨田選手がものすごい落ち方をして、「あっヤバイ。これは、俺が頑張らなきゃ!」と、かえって奮い立ったようです。先輩と共に歩んで上を目指さなきゃという状況の中で、先輩の存在というのは大きかったんじゃないかと思います。後輩の方が気分的には楽というのもあったでしょうしね。
記者会見で、ある記者から、「メダリストのみなさんは、若い人たちにどういうことを伝えたいですか?」という質問が飛んで、それぞれのメダリストが答えたんです。そうしたら、内村選手だけは、「だって僕はまだ若いんです。その答えはロンドンオリンピックの時にお答えします!」と答えていました。彼の4年後が本当に楽しみです!
鈴木桂治選手の悪夢の敗退。僕も言葉を失いました。日本の主将という重圧の中で迎えたオリンピック。敗者復活戦でも、もう柔道になりませんでした。僕は、結果は負けだったかもしれないけれど、これは、日本の柔道がこれからどうやって行かなければいけないかというひとつの例だと思いますし、鈴木選手がアテネの後、頑張ってきたのをよく知っていたので、褒めてあげたいと思います。やっぱり、負けて彼の柔道人生を、全て否定してはいけないと思います。アテネの強い勝ち方の金メダルも、僕の記憶の中にはしっかりと残っています。まあ、でも、実際に現場で見るというのは、辛いことでもあります。
この週末は、陸上競技なども出てきますし、水泳も残っていますし、僕がメダルを期待している自転車競技もありますので、楽しみは沢山あります。ではまた来週!
参考資料:スポニチ:有終の連続2冠 北島は最強のままプール去る
スポーツ報知:19歳・内村「信じられない」あん馬2回落ちて銀!
日刊スポーツ:鈴木2戦120秒連続1本負け引退へ
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いつも、OG's Diaryをご覧頂きまして、有り難うございます。
この週末に過去ログの整理(4月分の削除)を行います。
まだお読みになっていない方は、この機会に是非どうぞ!
尚、オンラインショップでは、小倉智昭が北京取材で愛飲しているアクア水素がご好評頂いております。こちらも是非ご利用下さい。
暑い日が続いております。どうぞお体をご自愛下さい。